死生観

死生観

生きている事・死ぬという事を考える

     「母へ」

認知の入った母の手を引いて
夜中にトイレに行く
「すまないね。すまないね」と繰り返す母
「お腹が馬鹿になっちゃた」と腹を叩く
「大丈夫だよ」とおしりを拭きながら
「赤ちゃんの時、私もお母さんにこうしてもらったからね」というと
「そうだったかな? 忘れちゃった」と笑う母
いつか私も娘に同じことをつぶやくのだろうか?
 「すまないね」としょんぼり


時にはわかっているのに怒ってしまい、
私は母の寝顔を見つめては
「さっきは怒ってごめんね」を繰り返す。

母もまた
「馬鹿になっちゃた」を繰り返す。

「誰も馬鹿になりたくてなったんじゃないよ。
働いて働いて働いてきたから
今はゆっくり自分のペースで生きていいんだよ。」
「大丈夫だよ。そうやって笑っていてくれればそれでいい」OK
こんな繋がりが親子だから・・・。
夜中は眠いけど・・・・
すっきりして寝ている母の顔を見ながら
「このままでいい。長生きしてね」と思わずつぶやいた。

誰でもいつかは死ぬ。それでも愚かな人間は「自分は大丈夫」と心の中で思っている。だから、ガンの宣告を受けた時どうして?この私が・・・と悩み苦しむ。長寿になったがゆえに認知症の高齢者が増加してきた。ボケたくないと誰でもが願っている。まさかこの母が、しっかり者の父が・・・。避けられない現実にどれだけの人が、今苦しんでいるのだろう。ボケたら何もわからないから幸せだなんて思ったら大間違いだ。感情は決して消えていない。嬉しい時は笑い、悲しい時は泣いている。
形はどうであれ、最後は死からは逃げられないんだな。
だから今この時を大切に生きて欲しいラブラブ
選択しのない高齢者や病に苦しむ人に頑張れと言っても「頑張っているんだから」もうこれ以上長生きして辛い思いさせなくても好きなように生きていいじゃない。世間体なんてどうでもいい。笑っていてくれたら。
そして私は、
この介護の仕事を通して天命を全うする。
一人でも笑って生きて「あなたと出会えて良かった」と言ってもらえるように。介護って理屈じゃないんだよ。
いま、ここに生きてるんだから。今出来ることを今すればいいんじゃない?
この仕事ができて、本当に幸せだ拍手拍手
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